2016年

         
12月30日(金)

                           神楽坂 赤城神社
             zinzya


        高田馬場から神楽坂へかけて、染色業に携わる人達が点在しているので若い頃から反物を

       持ってよく歩いた。神楽坂には帯の仕立の名人がいて、地下鉄駅近くの赤城神社の前を通り

       何度も足を運んだ。忙しいのと不信心で境内に入ったことはなかったが、最近になって神社の

       建物が新しくなっていることを知り、今日一人で訪れてみた。鉄筋コンクリートの寺院を初めて

       見た時も驚いたが今日の神社はガラス張り。あ・うんの狛犬さんもスッキリしている。

       カフェなども併設され、トマトを使った辛いアカカレーが好評のようで、鈍い私は境内を出てから

       アカは赤城に因んだ命名だと気が付いた。鈍くてもこの神社のデザイン、設計はどなたか

       分かる。オリンピックにも関係のある、高名なあの方に違いない。

       神楽坂から地下鉄に乗らず、工事中の漱石山房経由で穴八幡宮へ。こちらは金運の御利益

       とかで大変な賑わいだ。年末から年を越した成人式まで大車輪で働いていた染色業の人達は

       どうしているのだろうと思いながら階段を上がった。

                       
                          穴八幡宮の境内
       hatimanguu           uma 

       
          
      右の写真は格子の中の流鏑馬に因んだ馬。目が愛らしいのでパチリ。

      昨年の十二月に納めたピエロの帯の写真が届いた。ディナーショー用のコーディネートで

      着付もパーフェクト。こんな写真を見ると励みになる、来年も心して染めますと。

                         
                obi          
                                                     obi


    
12月2日(金)

        十二月になるとクリスマスに因んだ文様の帯をよく見掛ける。

      星空、雪道、トナカイ、ずばりサンタクロースやクリスマスツリーなどなど。

      クリスマスパーティーに限らず忘年会にも相応しいのだろうが、賑やかな集まりに

      出なくなった私は、ただ漠然と眺めている。クリスマスの意味も分からずケーキや

      プレゼントを楽しみにしていた子供の頃を懐かしみながら。

      以前から雪の結晶に魅かれていた。白く冷たい六角形の結晶。すでに文様として

      幾つも図案化されているが、私は思い切った綺麗なターコイズブルーの地色で

      帯を染めてみた。トルコにはキリストの聖地が点在する。

      どなたか、焦げ茶色のきものに合わせ、エキゾチックに装って欲しい。

                         
                        雪の帯  後ろ
          obi of snow


                         
                        obi of snow 

      
     
        11月26日(日)

        takao


               紅葉に雪、高尾には先日の雪がまだ残っていた。そして思いがけない白無垢の花嫁行列。

      囲炉裏を背に窓越しに、ゆっくり歩く行列を見ていると今までに関わった様々な婚礼の花嫁が

      思い出された。最近は打掛に大きな花飾りの洋髪が多いようだ。華やかな会場では錦の打掛、

      今日のように大自然の中では白無垢の打掛が最適だ。


                           takao
                       


            takao


              伝統芸能と食事を合わせた企画をしてくれる親日屋さんの会で、今日は高尾の山深く、

      若い繊細な女性の能管と篠笛の調べを聴いた。何度か参加しているうちに親しくお喋りする

      人達もでき、次の会場は何処かなと楽しみでもある。

                     藁葺きに苔の生えた玄関とお仲間達

              takao


    11月18日(金)

        十月、十一月は身近で興味をそそる催しが多い。その中で特に心に残ったものを

      挙げてみたい。
          
                       手力男(たぢからお)

           kagura


                     鈿女命(うずめのみこと)


                                kagura

                               
                                       柴引き
                               
                 kagura


       上の写真は十月に、國學院大學で催された宮崎県の日之影神楽

       宮崎県最北山間部から上京した保存会有志の面々が、本来なら夜を徹して奉納する

       演目をダイジェストで野性味たっぷりに披露してくれた。通りかかった神社などで観た

       軽妙な笑いを誘う神楽とはまったく違う、日の光と土の匂いを感じさせる生命力に満ちた

       舞に圧倒され、忘れかけていた何かが体中に蘇るようで涙が出そうになった。

       柴引きなど、あばれ神楽と称される演目や後見の濃紺のきものに袴姿が、当たり前の

       ことながら極自然で、日常にきものが着られていた明治時代の書生を連想させた。

       男性がきものを着るならば、かくあるべし。


                                    紅の力たどる一跡 吉村晴子の仕事
                
         red

       

                   red


                              
                   red                              
                                   
                 
    
高崎へ、紅の力たどる一跡 吉村晴子の仕事という個展を見に行った。

      吉村さんは高崎の紅染工場創業家に生まれ、昭和初期に衰退した紅板締めの復元に

      取り組まれている分野は友禅と異なるが、染色の先輩だ。

      紅の地色に型板を使った技法で白い文様を作るのが紅板締めで、かつてきものの裏地や

      長ジバンなどに持て囃された。今回、高い天井の会場には新しい型板を使った装飾品、

      古布のコレクション、美術展に出品された紅が基調の屏風、タペストリーが並び、正に

      紅の力が漲っていた。

      紅板締めの生産は昭和初期に終わったが、戦前のきものの裏地=胴裏はほとんど

      モミという深い無地の紅染だった。現在は白一辺倒になってしまった。薄色のきものの

      流行や、モミの色落ちなど機能的な原因もあるだろうが残念だ。しかし紅は、芸者さんの

      襟元や、履物の前壺など効果的に使われ、ハッとするような色香を放っている。


         red


      上の写真、男物のように地味な祖母のきものの振りにモミを付けて、若い頃から愛用

      している。横の可愛い小物は、吉村さんに初めてお会いした折に頂いた。古いモミを使って

      御自分で縫い、周りの方々に差し上げているらしい。今回、「お手玉のように見えますが、

      何という名前ですか?」と伺うと、「何だったかしらねぇ。」と、おおらかな御返事。


         10月1日(土)

         皮の青いミカンを見掛けるようになると、衣更えの季節だなあと思う。

      きものでは単衣から袷になるという意味だが、私の世代では学校の制服が夏物から

      冬物に変わるといった方が実感がある。運動会の練習で半袖の木綿のシャツが肌寒

      かったことを、青いミカンの酸っぱさと重ねて思い出す。
     
      キモノファッション文化史という公開講座に昨年の春から通っていて、今日は秋期の初日

      だった。先生は四十代(かなりお若く見える)の女性で、紫のきものに黒繻子の刺繍帯。
      
      紫のきものは母が持っていた戦前の御召に似ていて、先生の肘が見えるほど活発に

      ボードへ字を書いたり、きびきびとパソコンやプロジェクターの間を動き回る姿を見るのは

      楽しい。受講生もきもの姿が多く、講座のスクリーンに映る浮世絵や雛形本に劣らず

      興味深い。アンティークなものからポップなもの、自由にさり気なくお洒落をしている様子は

      眺めていて微笑ましく、開放的な気分にさせてくれる。

      次回はどんなきもの姿に会えるだろうか。      

                                        市松地  紅葉の帯

              obi

      

      
     9月9日(金)
                
                       芳町亭
   先日人形町にある江戸料理の芳町亭で、江戸唄の会が

あった。関東大震災後に建てられ、戦災を免れた家屋は

風情があるだけでなく、三味線の音色をまろやかに豊潤に

際立たせた。ビルの中で聴くのとは格段の差だった。

二十七人の客の内、十五人がきもの、勿論奏者も若女将も

                     きもの。小部屋に移り食事になった時は六人中、五人が

                     きもの。初対面にも関わらず朗らかに打ち解けて、きもの

                     中心の話題で楽しい一時を過ごした。少し早めだが若女将は

                     九月九日の重陽の節句に因み、菊酒で持て成してくれた。

       秋になり、お酒といえば猩々を思い浮かべる。月光に照らされ汲めども尽きぬ酒壺の

       側で水と戯れる猩々。文様としても好もしいので帯に何度か登場。写真として残っている

       のは下の一枚だけ。

                             素描友禅  猩々の帯


             obi
    
      
    
8月8日(月)

                         段絽  敦盛の帯

               obi 
    
         
中学生の時、山本松枝という女優のような名前の個性的な国語の先生がいらして、授業中に

       よくの話をしてくれた。戦死なさった御主人が使われた謡曲本を開いて見せて下さり、

       いかにが素晴らしいかということを繰り返し熱っぽく語られた。中学生に謡曲本の字はほとんど

       読めなかったが、朱筆が入り、かなり使い込まれていることだけは分かった。舞台の構造や、

       演目によって置かれる作り物という簡素な手作りの装置のことなども教えてくれた。そのような

       経緯で、上京した私は何の抵抗もなくを観るようになり、きものの文様にも取り入れるように

       なった。高砂羽衣の黒留袖が多かったが、最近やっと私の好きな十六の面で登場する敦盛

       帯を染めることができた。八月ゆかりの敦盛は笛の名手としても有名。

                                                      前の文様は若葉の笛

                obi


       
         7月21(木)

         catalog

    
雨の日が続く中、渋谷Bunkamuraの西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展へ行った。

      インドから西洋へ、フランス革命前から現代へと、ギンギンに冷えた会場で展示された

      更紗の変遷を見ていると、不思議な旅をしているような錯覚に陥った。

      藍と茜を基調としインドから始まったとされる更紗は世界の人々に愛され、さまざまな場所や

      時代の想いを加味して多彩になり、卓抜なデザイナーよって洗練された単色になり、

      自由自在に伸びやかに身近な装飾品として生活を潤してきた。

      フランスで染められ名声を博したジュイ(ヴェルサイユ近郊の更紗工場があった村)の布

      王妃マリー・アントワネットにも好まれ、ドレスの断片が本の装丁となって展示されていた。

      更紗は木版、銅版を使うことが大半だが、王妃のドレスは手描きだった。白地に素朴で

      優しい花や蝶、小鳥が描かれていた。この頃の手描きは女性達が自分の髪の毛で作った

      細筆を使ったそうだ。

      下の写真、長閑で温かみのあるジュイの布も木版に手描きが加えられている。手描きという

      解説があると、つい近くへ寄って見入ってしまった。        


                                       庭師たち   1780年頃 フランス
                 
                         sarasa


       私はなぜか更紗を描くのが好きで、何度か自己流できものや帯を染めた。

       そしてその都度、着用して下さる方が現われ手元には残っていない。ジュイの布

       ユーモラスな空想の昆虫や植物を見ながら、更紗には文様も技法も特に規定がなく、私が

       描いたものを自己流という必要もないなあと感じた。着用して下さる方が現われることも、

       室町時代に初めて輸入された更紗が茶人、文人に珍重され、一六〇八(慶長十三)年には

       インドのオランダ商館が日本人向けの更紗の製造を現地の職人に指示していたという記述

       から理解できた。鎖国になっても更紗の輸入は続き、幕末近くになると西洋更紗が

       インド更紗を凌ぐ。日本独自の和更紗も産まれている。       

       今回の個展にも全通の更紗帯を出した。同じ文様を繰り返し繰り返し描くので時間も、いや

       日数も忍耐力も要した。会場では「型染ですか?」といわれたりした。

                                             全通の更紗帯

             sarasa obi

     ありがたいことに今回も着用して下さる方が現われ、手元を離れた。

       輪廻など信じてはいないがジュイの布を見ていると、澄んだ川が流れ、草原が広がる

       ヴェルサイユ近郊の村で、前世私も自分の髪の毛で作った細筆を持つ一員ではなかった

       かと思えてきた。不思議な旅とはそういうことで、私は遠い日の風を確かに感じた。
          

         
7月8日(金)


           kimono of baby


                   kimon of baby

         
 三週間ほど絽の一つ身に白菊と撫子を描いていた。

      一つ身とは赤ちゃんから三、四才位まで着られるきもののことで、この言葉を聞くと幼い頃の

      祖母や母、近所や仕立のおばさん達の顔が浮かんでくる。女性が集まる会話には一つ身とか

      四つ身とか子供の成長に合わせたきもののことが頻繁に出てきた。四つ身は四、五才から

      十一、二才用のきもので、生地の裁ち方から付いた名前のようだ。子供のきものは文様も

      可愛く、私は特に二色の糸で縫われた紐飾り(下の写真)を見るのが大好きだった。

      鼓、矢、熨斗、折鶴など男女それぞれに相応しいデザインがあり、綺麗な飾りだけでなく紐を

      取れにくくする工夫でもあるらしい。

      今回の写真は、六月に生まれた一花(いちか)ちゃんのために描いた絽の一つ身。

      極薄いサーモンピンクに赤紫の絞りと竹の型染めの生地、お母さまの淡い色でという御希望で

      白菊と濃淡の撫子、銀の流水、竹の中に金で鹿の子を入れ、来週のお宮参りに間に合うようにと

      願いつつ描いた。

      産院へお祝いに行った折、一花ちゃんの曾祖母という方にお会いした。私より三才年上と伺い

      ビックリ。

      一花ちゃんが健やかに、花のように育ちますように。


              6月17日(金)


         gallery


              これは五月末に開いた個展会場初日、飾り付けを終えたばかりの写真。

      お蔭さまで大勢の方々に見て頂き、心より御礼を申し上げます。


      ドアの右と左に掛けてあるのは、今回初めて試みた絹芭蕉に顔彩の壁飾り。


               tapestry


                                 tapestry
                                 

                                 tapestry


       三種作ったが、それぞれに持ち主が決まり、金魚は「ツキジ、ツキジ(築地)」といって

       道を尋ねに入ってきた外国の若いカップルが持ち帰ってくれた。

       一番話題になったのは意外にも蝙蝠の帯。最終日には蝙蝠と蜘蛛の巣文様が大好きという方が

       見えて、お手持のきものや、私が過去に染めた蜘蛛の巣帯のことで話が弾んだ。

       実は今回の帯も、蝙蝠のバックに蜘蛛の巣を入れようかどうか迷ったことも話した。

       個展ではこういう出会いがあるので、愉しく、励みになる。

       まだまだ後始末に追われているが、大勢の方々と交わした言葉を、ゆっくり心に刻みたいと思っている。


                                                 蝙蝠の帯

                  obi
                                



      5月14日(土)

                                                ネコの帯
                           
             obi  of  cat


        初めてネコの帯を染めた。写真は太鼓の部分。

      実際に描く時間より、資料を集めたり図案を起こすのに長い時間を費やした。

      個展の会場で皆さまが何と仰って下さるか、怖いような、楽しみのような。

      初夏の風の中、東京では三社祭、京都では葵祭。

                                                        葵の帯
                  
                                     obi


             個展では葵の帯も出品します。



             5月1日(日)

        四月から始まった朝ドラとと姉ちゃんの冒頭を観て珍しく感じた人がいるようだ。

      高い櫓のような干し台に染め上がった反物が風になびく光景、私にはそれが浜松で

      あること、遠くに海(湖かも?)が見える空地であることが新鮮だった。以前、東京の

      川沿いではよく見かける光景で、高田馬場から早稲田へ歩く間にも僅かながら

      干し台が残っていて、足を止めて眺めたものだ。浴衣や手拭だけでなく、絹の無地染も

      見たことがある。東京は浜松のように空地がないので屋根の上に組まれていた。

      広重の名所江戸百景にも描かれている。

                      神田紺屋町
               
           ukiyoe

      神田、浅草などで盛んだった浴衣や手拭の染職人が関東大震災以後、

      神田川の水を求めて高田馬場、早稲田に移り住み、また木綿の産地で有名な

      浜松へも流入したということだ。

                       法被の形に畳んだ手拭

                       happi

                          
      上の写真は以前、講談師二代目悟道軒圓玉さんが襲名の折、挨拶用に私がデザイン

      して染めて貰った手拭。広げると下の写真のようになる。
      

               tenugui


      最近、早稲田大学の裏通りを歩いていて、タオル店のショーウインドーで法被の形に

      畳んだ、少し色褪せた手拭を見つけた。個展に来て下さる方々に差し上げるのもいい

      なぁと思い、店内に入り加工代を尋ねた。ショーウインドーに飾っていることさえ忘れている

      様子で、工場に聞いてみますという答えだった。二、三日経っての返事では畳める人が

      いなくなり、注文を受けるのは無理とのこと。昔は大学からも沢山注文があったんですがねぇ

      とぼやく。後日、タオル店の前を通るとショーウインドーの法被形手拭は消えていた。

      もう一度、風になびく干し台の浴衣や手拭を見てみたいと思う。

      とと姉ちゃんは場面が東京の深川となり、藍染の法被を着た女将さんや職人さんが

      威勢よく働いている。

                 昭和30年頃の手拭、法被、暖簾などの見本帳

             book

     

      4月2日(土)

        春うららというには、まだ心もとない。桜が咲いても、雹が降ったりする。

      現在、五月の個展に向けて準備をしているが、下の写真は初めての個展の時に

      染めた色留袖。明治、大正の日本画家、池田蕉園(1886年〜1917年)の

      絵からヒントを得た。

      
         kimono

     
      遊女だろうが、姉妹のように穏やかな表情で庭を眺める絵は、春の宵を連想させた。

      後の草紙を読みながら、うたた寝をする遊女の文様も蕉園の絵から写した。それまで

      問屋の仕事であれ、個人の仕事であれ、何らかの制約を受けるものだが個展となれば

      自由に染めることができる。その解放された嬉しさをこの写真を見ると思い出す。ただ

      染めてみたいということが優先し、このように大胆な文様の色留袖を着ようという方が

      現われるかどうか疑問だった。何と、若い高校の教諭が現われた。教え子達の結婚式に

      招かれる機会も多いらしい。後日、お召しになられた感想を伺うと、

      「私の顔を見ないで、きものばかり見るのよ」といって、満足そうに笑われた。ありがたい

      ことだと今でも思っている。


              kimono

      
      個展を控えて忙しいでしょうとよく訊かれるがそうでもない。御註文のものを染める合間に

      少しずつ、気儘に作り溜めたものを見て頂くつもりでいる。


      3月16日(水)

        春になると京都の茶屋街では申し合わせたように仲居さんたちが絞り染の帯を締める。

      これは四十年位前、頻繁に京都へ行っていた頃の印象だ。染帯は春にとよくいわれ、特に

      京都では、その代表である絞り染が好まれたのだろう。


           obi

      
       上の写真は絞り染で有名な片山文三郎商店の帯。鹿の子絞りが太鼓の上から下に

       向かって段々と大きくなっていて、わたしの自慢の逸品。やはり春に締めることが多い。

       片山文三郎商店は絞り染の伝統的な技術を生かし、きものや帯に限らずスカーフ、

       バッグ、アクセサリーなども開発し、海外へ進出している。銀座三越にコーナーもあるが、

       最近銀座六丁目に直営店を開いた。早速出掛けて行き、二枚目のポンチョを衝動買い

       してしまった。

                                        直営店でポンチョを試着

                 puncho


       このポンチョは、きものにも洋服にも合い軽く、シワが気にならないので旅行にも最適。


      2月2日(火)
                           越後獅子の帯

            obi  

  
         泉鏡花の春昼後刻を読んで以来、いつか越後獅子の文様を染めてみたいと思っていたら

       昨年の初冬に越後獅子の帯の御註文があった。若い頃から長唄を続けておられる方で、

       新年会に締めたいという御希望だった。越後獅子は長唄の代表的な名曲で、私も舞台で演奏を

       聴いたり、舞踊を観たりしたことがある。手元に錦絵や人形の写真など越後獅子に関する資料は

       少しあったが、今風にパソコンで調べてみた。出るは、出るは、物凄い数のデーターが出て来た。

       やはり美空ひばりの越後獅子の唄がトップに、嵐寛寿朗主演の映画鞍馬天狗の中で美空ひばり

       扮する越後獅子の少年杉作が唄う、物悲しい旋律の唄だが、明るく健気な杉作の演技と共に

       多くの人の心を捉えた。久し振りに映画を観た幼い頃を思い出しつつ、長唄に相応しい越後獅子

       をと努めた楽しい仕事だった。先月の末、無事にお送りできた。


            obi

     

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