2017年
         
         
10月9日(月)  体育の日

                       出番を待つ流鏑馬の武者と馬達
            流鏑馬


         神田川の面影橋近くには、きものの染に携わる人達が多く住んでいた。

       小紋を扱う比較的大きな会社、青空天井の引き染屋、一人黙々と座り込む紋屋、糸目糊屋、

       家族揃って賑やかな洗い張り屋などがあった。私がよく歩くその地域の水稲荷神社で

       流鏑馬が行われることを知り心が動いた。馬や弓も好きだが、映像ではなく武者の装束を

       直接見たいと思った。しかし、近いからその内という油断もあって機会を逸し、いつの間にか

       水稲荷神社での流鏑馬は行われなくなり、すぐ前の洗い張り屋さんに訊ねても事情は

       分からなかった。高田馬場という地名から馬に因む古式が無くなるはずはないと、最近

       やっとネットで調べると、少し離れた広い戸山公園で毎年、体育の日に続けられていたので

       今年こそ!と思い出掛けた。

                            的に向かう
             流鏑馬 


       装束は五騎それぞれ朱、萌黄、金茶など手首を括った鮮やかな狩衣に錦の射籠手(いごて)、

       両腰に結んだ鹿皮の行騰(むかばき)と想像以上に立派だった。さすが将軍家ゆかり神事。

       
                      左腕の紺の錦が射籠手  袴のように見えるのが行騰

              流鏑馬


                         マイフェイバリット ホース
             流鏑馬


       ネットで見た、懐かしい牛乳石鹼のマークのような馬が今日も出場していた。周りの

       子供達は馬の体の模様から牛を連想するのではなく、「パンダだ、パンダだ。」と

       はしゃぐのである。

       
         10月4日(水)

         気軽にきものを着る時は名古屋帯を締める。

       名古屋帯は大正時代、名古屋在住の女性によって考案された帯の仕立て方なので

       そう呼ばれるようになったと聞いている。用尺が短く前の部分を二つ折りに仕立てるので

       締めやすい。地元百貨店の率先した売り出しもあり、最初は染帯だったが織帯も加わる

       ようになり、広く全国的に普及した。現在は錦の織帯であれば名古屋仕立てでも

       準礼装として通用する。

                    美人愛猫図
           obi 


                 上の写真、幾重にも巻いた細い組紐は名護屋帯という。

       こちらは肥前国名護屋で作られ桃山時代から江戸初期にかけて流行し、男女ともに

       用いられた。名護屋帯は遊女や傾き者(かぶきもの)から始まり、次第に一般庶民も

       使うようになったが、帯の幅は江戸末期に向けてドンドン広くなり現在のお太鼓結びに

       辿り着く。スタンダードなお太鼓結びのきもの姿は美しいが、着付が複雑すぎる。

       名古屋仕立てのお蔭で帯結びは多少楽になったが上の写真には敵わない。

       Tシャツに対丈のきもの、帯は半幅でもいいが思い切って洒落たベルトやリボンなどを

       工夫したらどうだろうと考えることがある。名護屋帯を知ってからだと思う。

       もっと楽に、もっと自由に、但し品位を無くさないで、きものに親しむ方法を模索中。

       
         9月8日(金)

                   口紅を塗る女
            浮世絵


       ”色”をめぐる物語シリーズの二回目は赤とルージュ~日本とフランス 色の出会い~

      という題名で、シャネルの商品開発を担当するトップカラークリエイターが新しい口紅の色を

      求めて来日する二千三年の番組。

      フランス人の彼は、コチニールカーマインというサボテンにつく虫から抽出される青味のある

      赤を常に口紅のベースとしてきたが、日本国旗に使われている黄味の赤に魅かれ来日し、

      紅花に出会い、その色を重ねると角度によって金色に輝くことを知る。


            紅花
             紅花は皿などの器に入れると金色に、
                更に重ねると写真のように玉虫色に輝く。


      コチニールカーマインに輝きを加えることが目標だった彼は、コチニールカーマインと紅花を

      融合することを学び、完成品をルージュ ド 奈良と名づける。奈良の東大寺お水取りに

      配られる和紙の赤い椿が、紅花で染められていることに因む。

      しかし、EUの規則で口紅に紅花パウダーは使えず、日本限定販売になったようだ。

      今週は来客が続き、同じ世代の方々だったのでこの番組が話題になり愉しかった。

      日本では江戸時代から使っているのに、どうしてヨーロッパでは駄目なのかしらねぇ等々。

      頂いた桃を眺めながらルージュ ド 奈良の色に似ているなぁと思った。

       
         桃
                      桃、林檎ではありません。
           

      
    9月4日(月)

        NHKBSプレミアムカフェは過去に反響の大きかった番組をセレクトし放映している。

      今週は”色”をめぐる物語というシリーズで、初回は二千五年制作、四度目の放映となる     

                         
      
      和あるど 「色は時から生まれる」だった。題名にあるとは時代(歴史的な出来事)を
                 
       意味するのだろうと漠然と思っていたが、紫草や紅花など植物から染液の抽出、

      緑青の絵具を作るため岩石を砕き、繰り返し、繰り返し漉す工程、会津塗の朱漆を練る

      単調な作業、それぞれ気の遠くなるような時間と忍耐を要する映像を見ていると      

       
      とはズバリ長い時間を意味するのだと思えてきた。


         見本帳
       

      粋な色として江戸時代に好まれた四十八茶百鼠について、色彩学の城一夫先生の

      コメントも興味深かった。城先生が茶と鼠の同定(色を特定すること)を試みられた結果、

      茶は六十二~三色、鼠と名のつく色は百三十位あり、その中で同定できるのは

      九十二~三色だったそうである。茶と鼠の区別に無理な色もあり、地味な色で

      暖かさがあるものを茶、冷たさがあるものを鼠としたのではないかといわれた。    
   
        
       茶、鼠に限らず、色名を特定するのは難しい。例えば鴇色(薄いピンク)といっても

      見本帳によって各々色目や濃度が微妙に違っている。

      私が愛用する見本帳に三百色を有する
江戸の彩飾というのがある。江戸を冠する

      ように茶系、鼠系、ジャパンブルーと呼ばれる藍系のバリエーションが圧倒的に多い。
      
        
      見本帳
 
    
久し振りに江戸の彩飾を手にしてみると色帛も美しいが、色名も美しい。

      灰桜、照柿、鳩羽、今鶴羽、霞納戸、鐵深川……。

      これから少しずつ色名、そしてその由来を綴ってみたいと思っている。   

   
       
8月4日(金)

                 阿佐ヶ谷七夕まつり
       阿佐ヶ谷七夕まつり


      阿佐ヶ谷七夕まつりへ行った。初日、午前中からすでに混雑、大人も子供も笑顔がいっぱい。

     パールセンターというアーケードの長~い商店街は昔から活気がある。この商店街を歩くのは

     何十年振りだが、私の知っている呉服屋さんや染物屋さんも健在だった。和装雑貨屋さんは

     御夫婦そろってきもの姿で応対していた。

                 老舗の呉服屋
        呉服屋


              染物屋  端切れ布や小物を店頭販売
   
     染物屋


           和装雑貨屋きもの倶楽部 風流
 御主人も風流
        和装雑貨屋

     
      やはり花形は子供達の浴衣姿だ。昔、浴衣には鹿の子絞りの帯を結んだが

      今回は化学繊維の軽そうな生地にレースをあしらった帯が多かった。

      動き回るとフワフワと、まるで金魚が泳いでいるようだった。

               保育園児  先生は外国人
         保育園児

          上野動物園の赤ちゃんパンダもスクスク育ちますように

      飾りのパンダ

                          8月8日まで開催


       7月12日(水)

               obi立葵の帯   

  この帯を御註文頂いた折、近所の妙正寺川に架かる橋

まで、朝早く写生に行った。もう二十五年以上前のことだ。

子供のころ四国で見た立葵には、黄金虫がたむろしていた。

炎天下の赤い花にブンブンと金色に輝く青緑の丸っこい虫。

極彩色のコントラストに夏を実感した。それに比べ東京の

橋の袂の立葵はスッキリと、静かに咲いていた。立葵は

花弁のフリルも綺麗だが、空に向かってまっすぐに伸びる

長い茎が秀逸だ。

この帯も垂下からお太鼓へ、締めると見えなくなる長い茎の

途中を省略せずに描いた。こうした隠れた仕事も無駄ではなく

締めた時、迫力となって現われるのが不思議だ。

        
    
           
               
       
7月2日(日)

       今日は夏至から数えて十一日目、半夏生(はんげしょう)になると紅花を思う。

     半夏ひとつ咲きといい、紅花はこの頃、まず一輪、朝露に濡れひっそりと咲く。

     それを合図のように畑の黄色い蕾は日毎に増え、花開き、紅色を帯びて、

     本格的な夏の訪れを告げる。

           まゆはきを俤にして紅粉(べに)の花

     山形を旅した芭蕉は紅花から化粧道具の眉掃きを連想したようで色っぽい。


                      紅花       
       紅花


    紅花から染料や紅を作る過程を描いた紅花屏風を見たことがある。

     広い庭先に家族や近隣の人達が集まり分業で仕事をする様子はどこか長閑に感じられた。

     しかし、その染料を使ったきものや紅を身に着けられるのは限られた階級の人達だった

     だろう。現在も紅花紬などは贅沢品だ。

              茶道用の紅花染袱紗 黄味の深い赤 
       袱紗 

    
郷里香川県の農家では忙しさが一段落した半夏生の頃、麦刈りや田植えを手伝ってくれた

      人達にうどんを振る舞う習慣があるそうだ。それで七月二日はうどんの日になったと聞く。

      うどん県というのも面映ゆいのに、半夏生がうどんの日とは

      紅花に申し訳ないような気がしている。


       6月4日(日)
     
                                   バラ文様の帯  1990年代後半
       obi


       バラは六月の誕生花だそうだ。

     単衣のきものの御註文があるとバラ文様をお勧めすることが多い。単衣は六月と九月に

     着る決まりがあるのだが、最近は気候の変化で五月から袖を通す人が増えている。

     バラの花は一年中見られるが最盛期は五月と十月、単衣に打って付けだと思う。

                          バラ文様の単衣附下部分  2012年
          kimono
                   円は生地の地紋


     どこか異国の香り漂うバラ文様を単衣に限らず、きものや帯、羽織にも染めてきた。

     わずかに手元にある写真と記憶によればバラの花を、ほとんど白にしている。

     文様にするなら椿でも牡丹でも私は白が好きだが、何時の頃からか淡いグラデーションで

     バラの花を染めてみたいと思うようになった。先月は北区の旧古河庭園へ行き、最盛期の

     バラの花に囲まれたいと思いつつ叶わず、用意した生地を見ながら溜息をついている。

     現在の仕事が一段落したらジックリと、バラの花と対話するのもいいかなと考えている。

         
            バラ文様の訪問着  1990年代後半
                       kimono

                               
                                  
       5月18日(木)

                                         蹴鞠文様の帯  太鼓の部分
               obi

      
       NHK大河ドラマおんな城主直虎で尾上松也丈扮する今川氏真が蹴鞠(けまり)に興じる場面が

     何度かあった。平安末期以後、貴族社会で盛んに行われるようになった鞠を蹴上げる遊戯だが

     私は郷里の金刀比羅宮の庭で実際に見たことがある。友禅の仕事を始めて五、六年経った

     五月の連休だったと思うが参拝の途中、不思議な掛け声を聞き脇の庭に入ると貴族装束の男性達が

     優雅な所作で鞠を空中に蹴り上げていた。見物の人達が周りを囲み長閑で楽しそうだったが、私は

     近くにある静かな書院が気になり許可を得て中へ上がった。広い書院は人気がなく、円山応挙、

     伊藤若冲などの作品を自由に見て歩くことができた。当時若冲は世間に知られてなく、私はその出会いを

     誇らしく感じた。さすがに手で触れることはなかったが(もし触れても咎める人がいない状況だった)、

     鼻先が着くほど壁面の花丸図に接近して見た。

     何時か蹴鞠文様のきものか帯を染めたいと思っていたが、やっと昨年の個展に出すことができた。

     前の文様は蹴鞠を行う庭に植える四本懸(しほんがかり)と呼ばれる、桜、柳、楓、松を配した。


          obi

                        obi

         
             最近、美術史を専攻している近親に金刀比羅宮の若冲の話をすると、彼女は早速出かけて

     行ったようだ。すでに応挙も若冲もガラス張りになっているとのこと。因みに金刀比羅宮には

     なよ竹物語絵巻(重文)という蹴鞠の場景を含む南北朝時代の作品もある。


                   なよ竹物語絵巻の部分     左下 白く丸いのが鞠
     アート作品


     
       4月4日(火)

                         軍配文様の帯
       obi


      上の写真は、インデックスにある軍配文様と同じデザインで、地色を少し変えた帯。

     インデックスの帯は金沢万葉集と名付けられた生地で、細かい字の部分を金糸で織ってもらった

     特註品を使っている。その織元が廃業してしまったので珍しい生地として手元に置いてあるのだが

     別の生地でもいいから軍配文様の帯をという御希望があり、染めさせて頂いた。

     紫のお好きな方で、色々な紫の見本の中から選んで下さったのが青味の紫。文様の彩色も

     地色に合わせ微妙に変えている。写真ではよく見えないが金糸がキラキラした生地で、問屋さんが

     やっと探してくれた。最近は白生地の種類も僅かになり、困ったものだ。以前は新しい白生地が

     インスピレーションを与えてくれ、創造力の源だったのに・・・・。

       
     4月1日(土)

      神田川の面影橋近くにある古い木造の茶席八雲庵は二階の広間から川に沿って咲く

     桜を眺めることができる。ろうたけた庵主自らが調理する懐石料理も定評があり、

     茶道の先生や社中の人達と一緒に初釜、茶事と度々訪れたことがある。その頃から

     二十年以上経ち、先生も亡くなり庵主も御高齢になられたためか、仕事でよく門前を

     通るが雨戸も閉まり、ひっそりしていた。昨年、近くに住む人から桜の咲く季節限定で

     Cafeが開かれると訊き、楽しみに待ち初日に行こうと決めていた。

                    3月30日  八雲庵の二階から眺める神田川の桜
       八雲庵


     庵主は九十五才になられたそうで、残念だがお会いすることはことはできなかった。

     面差しが似た身内の女性が気さくに応対してくれ、写真も撮ってくれた。

                        八雲庵の門前
          八雲庵の門前


     八雲庵は型染めの老舗、富田染工芸の一角にある。本業は染工芸、

     東京染めものがたり博物館ともいい、東京染め小紋や江戸更紗製品の展示場、

     型付け、地染め、水洗いなどの作業場を公開している。

     博物館のオープニングには女優、故沢村貞子さん所持のきものが展示され盛況だった。

     沢村貞子さんは日常もさり気なくきもので過ごす方だったので、きもの好きな人達の間では

     敬愛を込めてよく話題になった。私も展示をいの一番で見に行ったが意外なほど、

     華やかな場所で着る黒留袖や袋帯を含め質素な印象を受けた。いや、江戸っ子気質の

     淡泊さというべきか、シャキシャキした喋り方を思い出しつつ沢村貞子さんらしく貫かれた

     生き様(よう)、美意識に脱帽した。

     富田染工芸が得意とする江戸更紗のきものをサロン劇場で観たことがある。

     サロン劇場とは富田染工芸の近くにある肥後藩主細川邸の応接間で催される村松英子さん

     中心の演劇で、私が観たのは三島由紀夫の近代能楽集 班女だった。村松英子さん演じる

     花子の衣裳が更紗で、細川邸玄関の空間にも付下風にした見事な更紗が飾られていた。

     すべて、富田染工芸提供だったのではないかと思っている。

                      咲き始めた神田川の桜
       神田川の桜

                Cafe de 八雲庵   4月3日(月)まで


          3月19日(日)

      昨日は小さな旅をした。静岡県清水港にあるフェルケール博物館へ、フェルケールは

    ドイツ語で交通という意味らしい。清水港に関するな資料もあるが、厳めしい博物館ではなく

    水に浮かぶようなレンガ造りの建物で、海事教育や文化振興の役割を果たし地域の

    静かな憩いの場所になっている。


                フェルケール博物館の玄関  レンガの通路両側は水
       玄関
    

    現在ここで「大正ロマンと女性の手仕事」という、大正から昭和時代前半の裁縫品や

    調度品の展示会が行われている。

       
                           展示会カタログの表紙

            ポスター


                        会場の展示品
      展示品



           展示品

                     セルロイドの化粧ケース
             展示品

                       戦後も販売されていたランドセル

             展示品

     
    静岡県在住の知人宅に伝わる、明治時代後半に共立女子職業学校(現 共立女子大学)で

    学ばれた方の裁縫品を中心に、つまみ細工(その図案、型紙も)、背守り、押絵、衣類と共に

    当時のモダンなガラスのランプやインク壺、七宝のコースターなども並べられている。私には

    幼い頃、鏡台の引き出しを開けて遊んだセルロイドの化粧ケースや、従弟達が背負っていた

    絵入りのランドセルが懐かしかった。

    昨日は共立女子大学家政学部、田中淑江先生の「生活を彩る女性の手仕事」という

    記念講座があり、展示品の説明ではなく、なぜ女性達が細やかな手仕事に祈りを込めて

    家族を守り、生活を豊かにしようとしてきたかという根源的な歴史を明解に語られた。

    繰り返された、子供の命が儚かった時代という言葉が心に残る。そして如何に僅かな

    端切れ布が貴重で大切にされたかということに改めて思いを馳せた。

    田中先生は綾の手紬、秋山眞和氏のきものに私が染めたトランプの帯を締めて下さった。

    帰りの新幹線で、トランプの帯はアンティークな会場に合ってましたねと仰った、その通り。

            田中淑江先生 一男一女の優しいお母さまでもある
         田中淑江先生
            
          
      フェルケール博物館「大正ロマンと女性の手仕事」は4月16日(日)まで開催

            隣には博物館と同じレンガ造りのフレンチレストラン”ミクニ”が出店しています。
      



          3月1日(水)

                               初節句のお祝い

        雛祭り

           
              思わず笑みを誘う、和やかに初節句を迎えた母娘の写真が届いたのは三年前だっただろうか。

     お母さまの成人式に振袖を染めさせた頂いた御縁である。

     可愛い主役はピンクの水玉の上衣、スイトピーもピンクで春を感じさせてくれた。金屏風の立派な

     お雛さまの横に赤い友禅小紋の被布? もう三才の七五三用の準備かしら? 私はこの写真を

     見るまで、お雛さまと一緒に被布を飾ることが流行、いや定着していることを知らず、

     華やかで綺麗だなあと思った。いつ頃からか、お雛さまを買うと被布が添えられ若いお母さまたちは

     極自然に一緒に飾るものだと思われているらしい。

     昨年個展の折、人形大手メーカー資料室の方がお出で下さったので、いつ頃から被布を飾るように

     なったのか尋ねてみた。二十年位前からだそうで、販売促進の景品としてあれこれ考え、安価で

     見映えのする化学繊維の被布に辿り着いたと話してくれた。「華やかで綺麗ですね。」と私がいうと、

     男性だが染織に造詣が深いその方は、被布の扱いに忸怩たるものがおありのようで

     「被布は着るものです。飾るものではありません。」とキッパリ仰った。率直さに内心笑いが込み上げて

     きて困ったが、その生真面目さに敬意を表しつつ、被布を飾るのはいいアイデアだと思った。

                      身代わり人形?
        人形


     近くの歴史資料館にある雛壇を見ていると薬玉、貝合わせ、お手玉など女の子が好みそうなもの

     厄除けになりそうなものが自由に飾られている。以前にも触れたが、 私の幼い頃は本人と同じ

     きものを着せた災いを代って受けてくれる等身大の身代わり人形を飾った。上の写真、資料館に

     あった朱色のきものの大きな人形は一、二歳用の身代わりではないかと思われる。

     幼い頃は周りに、手早く年齢に合わせてきものを縫ってくれる人が沢山いた。

                     御殿飾りの雛壇
        雛壇

      
     同じ会場には最近見掛けなくなった御殿飾りの雛壇もあった。もっと素朴だが私のお雛さまも

     御殿飾りだった。御殿を組み立てる時になると、弟や従弟たちが興味津々で寄ってきて

     手伝おうとしたが、壊されそうで心配だった。昔、昔のこと。


          2月4日(土)

                                                    新江戸川公園の白梅

        park


                        新江戸川公園の紅梅
                  park

      
      昨日、引き染工からの帰り神田川に沿って歩き、梅が見頃の新江戸川公園へ寄った。

    前回寄った時は紅梅のみ咲き始めていたが、昨日は上の写真のように枝垂れ白梅もふっくらと

    開いていた。新江戸川公園永青文庫に隣接し、肥後藩主細川家の下屋敷の庭園だったが

    現在は文京区が移管しているようだ。以前はあまり整備されていなかったので知る人ぞ知る

    ひっそりとした空間だ。

    永青文庫を初めて訪れたのはもう四十年近く前のことで、茶道の先生と一緒だった。先生に     

    「寒いから暖かくして来なさい」といわれ、御忠告通り着込んで行ったのだが、寒かった。

    勿論暖房をしているのだが、木々に囲まれた館は冷え切っているのだろうか、多少の暖房では

    効き目がないようだった。先代の御当主が自ら展示品の解説をして下さり、時々ガラスケースを

    開け、直接美術品に触れさせて下さることもあった。展示された貴重な資料や美術品もさること

    ながら、寒さなど意に介さぬ、御当主のスラリと背筋の伸びた佇まいが印象に残っている。

    その後永青文庫では公開講座が行われることになり、染織コースもあったので参加した。

    特別宣伝もしなかったようで、染織コースの初回は三人、次からは二人、最終回は私一人に

    なってしまった。それでも理事の方が担当の講座は充実していた。能面が意外なほど軽いこと、

    装束は繰り返し修理されていること、お姫さまが註文なさったきものの雛形本の中の五~六ミリ

    の菊の花びらも一枚、一枚毛筆で描かれているいることなど、稀有な発見があった。

    最終回は名物裂で、茶入れの仕覆が机の上に並べられた。年末で風邪が流行り、理事の方も

    もう一人の受講生も欠席。折角蔵から出すので、茶道コースの方々にもお声を掛けたようだが

    皆さま御都合がつかず、「どうぞごゆっくり」といわれ、私だけが仕覆と向き合うことになった。

    名物裂は本や美術館、茶会で数々見ていたが、まだまだ人目に触れず何処かで静かに眠って

    いるものもあることを悟った。あの時の<細川孔雀文>は正に一期一会だった。


                      kimono

     
           お得意さまの初釜用小袖。以前は薄いグレー地だったが白梅の部分だけ防染して、

    地色を白茶に色揚げした。紅梅にも茶味が加わり落ち着いた小袖になった。



    1月4日(水)

                     
            暖簾
                      男舞 暖簾の一部

        古い写真を整理していると、新春らしい御幣を負った男舞と凧の暖簾が出てきた。

      男舞の方は三枚つなぎ半間用で、三種のポーズを描いたものの一部。

      奇抜なきものを好む友人に贈った。

      下の武者の凧は染色教室の見本用に描き、しばらく教室に掛けていたように思うが

      行方知れず。

      改めて見ると稚拙で苦笑してしまうが、若気の至りということで初笑い。


            暖簾
                       凧の暖簾


      
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