2018年

      8月2日(木)

       もう三十年前になるが夏・南方のローマンスという舞台を観て、忘れられない

      衣裳がある。主役の女芸人が着ていた絽のきもので、鶸萌黄地に白いバラと

      黒い枝葉の連続文様だった。恐らく大正か昭和初期の型染だろう。

      何とか自分でもその風情を再現したいと思いつつ帯だけ試みたが、手描きでは

      時間が掛かりすぎ、きものは果たせないままでいる。

               女芸人を演じる樫山文枝さん
           舞台


      つい最近NHKのテレビドラマ花へんろが再放送され、主役の桃井かおりさんが

      舞台と同じきものを着ている場面があり目を見張った。それがどうしたといわれれば

      それまでだが、私はこの偶然を称えたい。


                       花へんろの桃井かおりさん

           テレビドラマ

      
      記憶というのは曖昧なもので、私は花へんろを一九八五年から八八年にかけ通しで

      全部観たつもりでいたが、途中からだったようだ。日常は大方の人がきもので過ごす

      戦前のドラマで、アンティークなきものが次々に出るのと、桃井かおりさんの母親振りが

      秀逸だったことが印象に残る。昨年亡くなられた早坂暁さんの脚本で、瀬戸内の長閑さを

      感じさせてくれるが背景には戦争がある。一九八七年上演の夏・南方のローマンス

      木下順二先生の戯曲で、南の島のB・C級戦犯裁判を書いている。衣裳担当には女性の

      名前があり株式会社松竹衣裳も関わっているようだが、どういう経緯でテレビドラマで

      使われたきものが舞台でも使われたのだろうか。私はきものに力があったと思いたい。

      八月になるとテレビや新聞に原爆、戦争という言葉が増える。忘れてはならない言葉で

      ある。

              生きたくば 蝉のよに鳴け 八月は  花へんろに挿入されていた句)                                 
     
 

       
      7月8日(日)

           日本橋の三井記念美術館で金剛宗家の能面と能装束展が開催され、豊臣秀吉が
      愛蔵していた小面、雪・月・花のうち、雪と花が並んで展示されている。私はいささか
      花の小面に、友禅の仕事を伴う格別の想いを抱いている。
 
        
花の小面                雪の小面
          花の小面雪の小面
     
三井記念美術館蔵  重要文化財          金剛宗家蔵


    
   東京で友禅の仕事を始め中野へ通っていた五十年前、静かな住宅街の外れに
      塀で囲まれ、木々が生い茂り、人の気配のない一郭があった。木戸の上にも枝が垂れ下がり
      最初は気が付かなかったが、三井文庫という白地に黒い字の小さな表札がかかっていた。
      三井財閥関係の資料を保管しているのだろうと思った。
      しばらく経って私は中野に住むようになり、仕事も順調に続けていた一九八五年、三井文庫が
      美術館として公開されることになった。現在の三井記念美術館に比べれば何分の一かで
      広くはなかったが、展示品は充実していた。円山応挙のー雪松図屏風ー、本阿弥光悦の
      ー志野茶碗 卯花墻(ウノハナガキ)ーなど国宝もあり、名だけ知っていた花の小面にも会えた。
      公開中友人に「私は毎日、花の小面を観られるよ。」と冗談をいい怪訝な顔をされたが、その頃
      三井文庫へは歩いて十分足らずで行けた。最寄駅は西武新宿線の新井薬師前で、公開中は
      茶道関係のきもの姿の女性が多く訪れた。電車を降りて新井薬師ではなく反対の静かな
      住宅街へ向かうので、美術品にあまり興味のない住人の方々は何事だろうと思ったらしい。
      そして二〇〇五年、美術館は日本橋へ移転する。
      また会えた花の小面は以前と変わらず色白であどけなく、傷もほとんどない。大切にされて
      舞台には出さず、箱入り娘のように秘蔵されたままになっていたのではないだろうか。
      今回、雪の小面と並ぶと、なおそう思われた。
          
           紅地流水桜花文唐織
       能装束
 
       上の展示されていた唐織の能装束は、若い頃から手元にある能面の解説書の
       表紙カバーに使われている。本来、紅地だったのが変色して茶のように見えるが
       天然染料には不思議な力があり、変色しても他の色との調和を保ち美しい。

       久し振りに花の小面に会え、初めて会った場所へ行ってみたくなった。翌日、
       電車に乗って二駅の三井文庫へ。


                 2018年 7月  三井文庫入口
         三井文庫


      公開された時、左に見える長いブロック塀はなく木々に覆われていた。私が友禅の
      仕事を始めた工房はこの写真の右裏手にあり、毎日三井文庫の前を歩いて通った。
      

    
6月6日(水)

           こころをばなににたとえん

           こころはあじさゐの花

           ももいろに咲く日はあれど

           うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて。

                     萩原朔太郎  −愛憐詩篇−
より


        紫陽花を見るとこころという詩の冒頭を口ずさんでしまう。

      朔太郎の若い時の詩だと思うが、私が読んだのも仕事を始めたばかりの

      若い時で、切なさとともに淡い紫が心に刻まれた。


              1996年 高松の個展に展示した帯
           帯


      今年も紫陽花の季節を迎え、七変化とも呼ばれる豊かな色彩を楽しんでいる。

      しかし若い時と比べ、何だか花の色が微妙に変わったように感じる。いや      
      
      古い写真のように、私の記憶が月日とともに色褪せつつあるのかも知れない。
      
      以下、過去に染めた紫陽花の帯の一部。古い写真で私の技術では修整不可能。

      悪しからず。

           三本とも1980年代に染めた帯の太鼓部分
          帯  
       
                 
           obi

             obi

         
      6月1日(金)

             オモダカにカワセミ小袖  前 
         夏のきもの  
                

          仕立上がったばかりの夏の小袖。

      お召しになるのは七月と伺っているが承ったのは昨年の暮れで、年明けから

      図案を考え始めた。オモダカ、カワセミ、紫の暈しは御本人の希望。

      紫と相性のよい浅葱の暈しを合わせ、少し個性的な流水で裾を引き締めた。

      船上でお召しとのこと、仮絵羽で試着なさった時「写真送るね。」と嬉しそうに

      いって下さった。

                        
      夏のきもの


                        
       夏のきもの
       

      5月18日(金)

                      旧古河庭園のバラ
         バラ

     
旧古河庭園へバラを見に行った。イングリッシュガーデン風に並んだバラは

      何種類もあり、それぞれに美しく、それぞれに物語があるようだ。


        旧古河庭園


      以前に訪れたのは仕事を始めて四年位経った一九七〇年代の前半だった。

      五十年近くの歳月が流れ、周辺の建物は木造からビルへと随分変わっていたが

      庭園内は洋館を覆っていたツタがなくなり、警備員があちらこちらに立っていること

      以外はほとんど変わらずタイムスリップしたように感じられた。

      当時、時間があったら写生をするようにと再三いわれたが、溢れるように仕事があり

      常に睡眠不足気味だったので庭園を訪れた折もスケッチブックを持っていたと思うが、

      ただボーとバラを眺めただけだった。今回はスケッチブックを持たずゆっくりと

      バラの香りを楽しもうと、できればその生命力にあやかりたいと思って出掛けた。
    
      心地よい風の中、透き通るように五十年の歳月が流れるのを感じた。


             紬地 バラ文様総付のきもの  2014年  
      バラのきもの          
     
                     

                    
      4月28日(土)

                       バラの帯

            帯

    
二日前に仕上げを終えたばかりの新しいバラの帯。バラシリーズを染めたいと思いつつ

    やっと一種出来上がった。

    今日から連休で、東京は車が少なくなり静かだ。ラジオを相手にまた新しい図案を考えよう。 

        
      
4月6日(金)

              パーフェクトな満開の桜  3月25日  清澄庭園前
           さくら

    
東京の桜は先月二十四日に満開だとニュースで聞いた。次の日、清澄庭園での集まりに出掛け

     パーフェクトといいたくなるような満開の桜を見た。枝の先までこんもりと花が開き、一枚も花弁が

     散っていない状態、えもいわれぬふくよかさに、止められるものならこのまま止めたいと思いつつ

     しばし眺めた。稀有な一瞬に遭遇した気分だった。


            夜桜美人図  葛飾応為筆
            葛飾応為

     
     以前、何度も写生に行った上野公園の秋色桜のことを書いたが、葛飾北斎の娘、応為の

     夜桜美人図はこの桜を題材にしていると知り驚いた。秋色桜は江戸時代の俳人秋色女に

     因む名で、彼女は小網町の和菓子屋の娘だと解説板にあったように記憶している。私は

     漠然と江戸時代の町娘、島田髷に黄八丈のきものなんかをイメージしていたが、応為の

     美人図は裾ふきにタップリ綿の入った大振袖を重ね着した妖艶な貴婦人。桜も現在の

     楚々とした枝垂れではなく、大きく豊かな花である。この絵の価値はきものや花のディテール

     ではなく明暗の表現にあるのだが、応為がなぜ秋色女をかくも豪奢に美人に描いたのかと

     考え、小学生の頃教室でお姫さまの絵を描くことが流行ったことを思い出した。休み時間に

     できるだけ可愛い顔で、綺麗なきものを着せた絵を並べ皆でたわいなく批評を楽しんだ。

     北斎の弟子が描いたという応為の姿は片膝を立て、接ぎのある半纏を着ている。小学生の

     女の子がお姫さまに憧れたように、応為も自分の境遇とは違う世界に憧れたのだろうか。

     幕末の上野の秋色桜を見て元禄の俳句を好んだ娘に思いを馳せた応為、そしてその

     描かれた絵を眺める私、繁雑なのに単調な生活、夢想することの自由、昔も今も虚実入り

     交じる日々の中、最後には美しいものだけが陽炎のように立ち浮かぶ。

     時の流れの不思議さを、ぼんやりと感じる春宵である。


        葛飾応為



     3月12日(月)

         初めて「すみだ北斎美術館」へ行った。JRの両国駅からは少し歩き、メトロ大江戸線

     の両国駅近くにある。北斎はこの辺りで生まれたらしい。

     一昨年の秋に開館し、連日混み合ったようだが、現在は落ち着いてゆっくり鑑賞できる。

     意外なことに、展示場の入口前にきものが二点飾られていた。染なので友禅かと思って

     近くに寄ると小紋だった。地元の江戸小紋師が、北斎の冨嶽三十六景をテーマとし、

     六十〜七十枚の型紙を使い、四ヶ月掛けて染め上げたと解説にあった。


                        深川万年橋下
              きもの


                         本所立川             
              きもの



     展示場の中にも、一九八七年ボストン美術館で発見された北斎の新形小紋帳のデザイン

     から型紙を起こし染められた小紋があった。こちらは撮影禁止で残念だったが、

     焦茶地に深緑の七宝が並んだ小紋で、遠くからは無地に見えた。以前、北斎を特集した

     テレビ番組で女性アナウンサーが新形小紋帳のデザインから染めたという藤色の小紋を

     着ていたことを思い出した。

     
多才な北斎の作品群を鑑賞しながら、尾形光琳の冬木小袖のような直筆のきものを

     北斎も描いたことがあるのではないかと空想したりして、静かな時間を過ごした。    

                        
     3月4日(日)

                ショッピングバック


      町で上の紙袋を見掛けるようになって久しい。日本橋、銀座界隈を歩く女性達が持っている

     ことが多く、三越で買い物をしたのだと直ぐ分かる。紙袋のデザインが変わったことに関心を

     示す人達がどれほどいるか知らないが、私は初めて見た時ハッとした。きもの文様だ!

     京都の友禅作家、森口邦彦氏のきもの文様が、五十七年振りに変わる三越伊勢丹の紙袋の

     デザインに選ばれた。何だかちょっと嬉しかった。

              森口邦彦氏のきもの  1970年代後半
       きもの


     私が西武百貨店の誂え染コーナーにいた頃、森口邦彦氏はフランス帰りの新鋭作家で

     幾何学文様を得意とされていた。ある日コーナーの机の上に畳んだ白地のきものが置かれて

     いて、グレーとローズの濃淡で彩色され、そのローズ系が何とも甘く艶やかで見とれていると、

     係長が「どう、買わない?」といい、私はつい「いいよ。」と答えてしまった。

     後で邦彦氏のきものと知り驚いたが、広げて見て、そのデザインにまた驚き、感心した。


                      前の裾部分
           きもの
 
              
                     後の右肩部分
           きもの  
  

     右の袖口から左に、下になるほど長方形が細くなるデザイン、今見ても斬新だ。

     衝動買いしたこのきものは訪問着なのに仰々しくなくお洒落で、不思議なことに着ると

     気分も軽やかになる。どんな帯も合わせやすいが、孔雀文様の袋帯がベストだった。

     鼠系か茶系で色揚げすればローズも地味になり、まだまだ着られるが白地の爽やかな

     ままで、若い方に譲りたいと思っている。

     何年か前の大晦日、「紅白歌合戦」でユーミンが颯爽と着ていたのも邦彦氏のきもの

     である。       


   2月20日(火)

          チケット

       サントリー美術館へ「寛永の雅」見に行った。元号を冠する会場には、仁清の初期

      の素朴な茶碗や茶入、遠州が秀忠・家光父子を招く茶会のため、光悦に依頼した野趣

      あふれる茶碗などが展示されていた。
    
      私が特に興味深かったのは、日本で最も豪華絢爛な婚儀、行列が二条城から御所まで

      続いたという、家光の妹君であり後水尾天皇の中宮和子(まさこ)の入内図屏風と、

      和子自身が着用したと伝わる下の写真の小袖だった。


                黒綸子地斜格子菊吉祥文模様絞縫腰巻
         きもの 

   

     
中宮和子は後水尾天皇退位後、東福門院と呼ばれ二十三才でほぼ隠居のような境遇となり、

     将軍家の莫大な支援のもと衣装に情熱を傾ける。年間五千両以上発註したとか、七十才で

     没した時、呉服商の註文帳に三百四十枚の未納品があったとかで、衣装狂いといわれている。

     註文を受けていたのは光琳・乾山兄弟の生家である雁金屋。この頃光琳達はまだ生まれて

     いないが、秀吉夫人の高台院、お市の方の娘三姉妹など超セレブ客を有した雁金屋は御所

     にも出入りすることとなり絶頂期を迎える。この絶頂期は光琳達が生まれ青春を過ごすまで

     続いた。こうした勢いは染色の技術や意匠の洗練を高め、東福門院は自身の贅沢だけでなく、

     きもの文化の発展にも貢献したといえるだろう。また東福門院は十二単の下着だった小袖を

     表着として初めて御所へ持ち込み広めたともいわれている。

     その小袖が現代私達が着ているきものの原型となった。

     
     2月4日(日)

       この季節になると久保田万太郎の微笑ましい俳句を思い出す。

              泣きむしの 杉村春子 春の雪

     久保田万太郎は俳人、劇作家であり、劇団文学座の創立メンバーでもあった。そして

     杉村春子さんはその劇団の看板女優。襟元をゆったりとしたきものの着こなしは抜群で、

     近松、鏡花、一葉の演目など、杉村さんがきもので出演する舞台は晩年まで観ているが

     都落ちして横浜へ流れる吉原芸者役の「ふりあめりかに袖はぬらさじ」は忘れ難い。


               「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の杉村春子さん

            ふるあめりかに袖はぬらさじ
                 有吉佐和子・作  1972年初演


     リズミカルな台詞回しで満員の客席を抱腹絶倒させたこの舞台は新聞の劇評でも絶賛、

     着ている青いきものまで褒められた。当時、劇評で衣裳に言及することは皆無だった。

     この青いきものは縞だが、織ではなく染。作者に京都のパーティーでお会いし、言葉を

     交わしたこともあるが、ローケツ染を駆使する男性で劇評には関心がないようだった。

     久保田万太郎の戯曲も文学座で繰り返し上演され、杉村さんの細やかな情感は余韻を

     残し、秀逸だったことを懐かしく思う。

   
     1月1日(月)

                 今年の成人式のための振袖
           きもの


      グレー地の御希望で、ほぼ一年がかりで染めた振袖。以前、振袖を染めながら

     体力的にこれで最後かなと思っていたが、今回珍しいグレー地の御註文で俄然

     闘志が湧いた。グレー地を染めるのは初めてだったので、とても新鮮な気持ちで

     仕事ができた。本友禅の巻物に素描友禅の松竹梅。昨年の夏に染め上がり、

     上の写真は、暑い八月に前撮りし送って下さったもの。感謝、感謝。


                        身頃
       きもの


                         
                きものの袖


                          袖
                きものの袖




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