2018年

       
4月6日(金)

              パーフェクトな満開の桜  3月25日  清澄庭園前
           さくら

    
東京の桜は先月二十四日に満開だとニュースで聞いた。次の日、清澄庭園での集まりに出掛け

     パーフェクトといいたくなるような満開の桜を見た。枝の先までこんもりと花が開き、一枚も花弁が

     散っていない状態、えもいわれぬふくよかさに、止められるものならこのまま止めたいと思いつつ

     しばし眺めた。稀有な一瞬に遭遇した気分だった。


            夜桜美人図  葛飾応為筆
            葛飾応為

     
     以前、何度も写生に行った上野公園の秋色桜のことを書いたが、葛飾北斎の娘、応為の

     夜桜美人図はこの桜を題材にしていると知り驚いた。秋色桜は江戸時代の俳人秋色女に

     因む名で、彼女は小網町の和菓子屋の娘だと解説板にあったように記憶している。私は

     漠然と江戸時代の町娘、島田髷に黄八丈のきものなんかをイメージしていたが、応為の

     美人図は裾ふきにタップリ綿の入った大振袖を重ね着した妖艶な貴婦人。桜も現在の

     楚々とした枝垂れではなく、大きく豊かな花である。この絵の価値はきものや花のディテール

     ではなく明暗の表現にあるのだが、応為がなぜ秋色女をかくも豪奢に美人に描いたのかと

     考え、小学生の頃教室でお姫さまの絵を描くことが流行ったことを思い出した。休み時間に

     できるだけ可愛い顔で、綺麗なきものを着せた絵を並べ皆でたわいなく批評を楽しんだ。

     北斎の弟子が描いたという応為の姿は片膝を立て、接ぎのある半纏を着ている。小学生の

     女の子がお姫さまに憧れたように、応為も自分の境遇とは違う世界に憧れたのだろうか。

     幕末の上野の秋色桜を見て元禄の俳句を好んだ娘に思いを馳せた応為、そしてその

     描かれた絵を眺める私、繁雑なのに単調な生活、夢想することの自由、昔も今も虚実入り

     交じる日々の中、最後には美しいものだけが陽炎のように立ち浮かぶ。

     時の流れの不思議さを、ぼんやりと感じる春宵である。


        葛飾応為



     3月12日(月)

         初めて「すみだ北斎美術館」へ行った。JRの両国駅からは少し歩き、メトロ大江戸線

     の両国駅近くにある。北斎はこの辺りで生まれたらしい。

     一昨年の秋に開館し、連日混み合ったようだが、現在は落ち着いてゆっくり鑑賞できる。

     意外なことに、展示場の入口前にきものが二点飾られていた。染なので友禅かと思って

     近くに寄ると小紋だった。地元の江戸小紋師が、北斎の冨嶽三十六景をテーマとし、

     六十〜七十枚の型紙を使い、四ヶ月掛けて染め上げたと解説にあった。


                        深川万年橋下
              きもの


                         本所立川             
              きもの



     展示場の中にも、一九八七年ボストン美術館で発見された北斎の新形小紋帳のデザイン

     から型紙を起こし染められた小紋があった。こちらは撮影禁止で残念だったが、

     焦茶地に深緑の七宝が並んだ小紋で、遠くからは無地に見えた。以前、北斎を特集した

     テレビ番組で女性アナウンサーが新形小紋帳のデザインから染めたという藤色の小紋を

     着ていたことを思い出した。

     
多才な北斎の作品群を鑑賞しながら、尾形光琳の冬木小袖のような直筆のきものを

     北斎も描いたことがあるのではないかと空想したりして、静かな時間を過ごした。    

                        
     3月4日(日)

                ショッピングバック


      町で上の紙袋を見掛けるようになって久しい。日本橋、銀座界隈を歩く女性達が持っている

     ことが多く、三越で買い物をしたのだと直ぐ分かる。紙袋のデザインが変わったことに関心を

     示す人達がどれほどいるか知らないが、私は初めて見た時ハッとした。きもの文様だ!

     京都の友禅作家、森口邦彦氏のきもの文様が、五十七年振りに変わる三越伊勢丹の紙袋の

     デザインに選ばれた。何だかちょっと嬉しかった。

              森口邦彦氏のきもの  1970年代後半
       きもの


     私が西武百貨店の誂え染コーナーにいた頃、森口邦彦氏はフランス帰りの新鋭作家で

     幾何学文様を得意とされていた。ある日コーナーの机の上に畳んだ白地のきものが置かれて

     いて、グレーとローズの濃淡で彩色され、そのローズ系が何とも甘く艶やかで見とれていると、

     係長が「どう、買わない?」といい、私はつい「いいよ。」と答えてしまった。

     後で邦彦氏のきものと知り驚いたが、広げて見て、そのデザインにまた驚き、感心した。


                      前の裾部分
           きもの
 
              
                     後の右肩部分
           きもの  
  

     右の袖口から左に、下になるほど長方形が細くなるデザイン、今見ても斬新だ。

     衝動買いしたこのきものは訪問着なのに仰々しくなくお洒落で、不思議なことに着ると

     気分も軽やかになる。どんな帯も合わせやすいが、孔雀文様の袋帯がベストだった。

     鼠系か茶系で色揚げすればローズも地味になり、まだまだ着られるが白地の爽やかな

     ままで、若い方に譲りたいと思っている。

     何年か前の大晦日、「紅白歌合戦」でユーミンが颯爽と着ていたのも邦彦氏のきもの

     である。       


   2月20日(火)

          チケット

       サントリー美術館へ「寛永の雅」見に行った。元号を冠する会場には、仁清の初期

      の素朴な茶碗や茶入、遠州が秀忠・家光父子を招く茶会のため、光悦に依頼した野趣

      あふれる茶碗などが展示されていた。
    
      私が特に興味深かったのは、日本で最も豪華絢爛な婚儀、行列が二条城から御所まで

      続いたという、家光の妹君であり後水尾天皇の中宮和子(まさこ)の入内図屏風と、

      和子自身が着用したと伝わる下の写真の小袖だった。


                黒綸子地斜格子菊吉祥文模様絞縫腰巻
         きもの 

   

     
中宮和子は後水尾天皇退位後、東福門院と呼ばれ二十三才でほぼ隠居のような境遇となり、

     将軍家の莫大な支援のもと衣装に情熱を傾ける。年間五千両以上発註したとか、七十才で

     没した時、呉服商の註文帳に三百四十枚の未納品があったとかで、衣装狂いといわれている。

     註文を受けていたのは光琳・乾山兄弟の生家である雁金屋。この頃光琳達はまだ生まれて

     いないが、秀吉夫人の高台院、お市の方の娘三姉妹など超セレブ客を有した雁金屋は御所

     にも出入りすることとなり絶頂期を迎える。この絶頂期は光琳達が生まれ青春を過ごすまで

     続いた。こうした勢いは染色の技術や意匠の洗練を高め、東福門院は自身の贅沢だけでなく、

     きもの文化の発展にも貢献したといえるだろう。また東福門院は十二単の下着だった小袖を

     表着として初めて御所へ持ち込み広めたともいわれている。

     その小袖が現代私達が着ているきものの原型となった。

     
     2月4日(日)

       この季節になると久保田万太郎の微笑ましい俳句を思い出す。

              泣きむしの 杉村春子 春の雪

     久保田万太郎は俳人、劇作家であり、劇団文学座の創立メンバーでもあった。そして

     杉村春子さんはその劇団の看板女優。襟元をゆったりとしたきものの着こなしは抜群で、

     近松、鏡花、一葉の演目など、杉村さんがきもので出演する舞台は晩年まで観ているが

     都落ちして横浜へ流れる吉原芸者役の「ふりあめりかに袖はぬらさじ」は忘れ難い。


               「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の杉村春子さん

            ふるあめりかに袖はぬらさじ
                 有吉佐和子・作  1972年初演


     リズミカルな台詞回しで満員の客席を抱腹絶倒させたこの舞台は新聞の劇評でも絶賛、

     着ている青いきものまで褒められた。当時、劇評で衣裳に言及することは皆無だった。

     この青いきものは縞だが、織ではなく染。作者に京都のパーティーでお会いし、言葉を

     交わしたこともあるが、ローケツ染を駆使する男性で劇評には関心がないようだった。

     久保田万太郎の戯曲も文学座で繰り返し上演され、杉村さんの細やかな情感は余韻を

     残し、秀逸だったことを懐かしく思う。

   
     1月1日(月)

                 今年の成人式のための振袖
           きもの


      グレー地の御希望で、ほぼ一年がかりで染めた振袖。以前、振袖を染めながら

     体力的にこれで最後かなと思っていたが、今回珍しいグレー地の御註文で俄然

     闘志が湧いた。グレー地を染めるのは初めてだったので、とても新鮮な気持ちで

     仕事ができた。本友禅の巻物に素描友禅の松竹梅。昨年の夏に染め上がり、

     上の写真は、暑い八月に前撮りし送って下さったもの。感謝、感謝。


                        身頃
       きもの


                         
                きものの袖


                          袖
                きものの袖




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